山と旅から見えたエネルギーとスズメ

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山と旅から見えたエネルギーとスズメ 画像

私は山や旅が好きで、スタイルとしてはテント泊や車中泊を好んでいます。

山へ行く時は、誰もいなそうな時期、または誰もいなそうなエリアに好んで行きます。
その分リスクが多いのですが、自然環境と自分だけに向き合えるところが好きなのかもしれません。

よく知られているところで言えば、剱、槍、白馬、明神、北岳、戸隠、青木ヶ原樹海などを一人でのんびりと過ごしました。
また屋久島横断や白神山地、そして一度だけアメリカを自転車で旅しながら簡単なトレイルを歩いてみたりもしました。

多くのことを語れるほどの経験はないのですが、
それらの山や旅から見えたことを書き綴っていこうと思います。

私はとても頻繁に山へ行ったり、大きな旅を何度もしているわけではありません。
ですが山や旅が好きで、山や旅でのテント生活が好きで日常にその要素を取り入れて暮らしています。
山や旅で不便を感じないように、また山や旅をより楽しめるように。

具体的にあげればここのサイトで取り上げた、
エアコンを使わない暮らしはずっとで、そこに寝袋とテントマットで寝る暮らしがもう何年も続いています。
そして今はヘッドランプで過ごす暮らしも加わり、夜はもちろん朝昼でも暗がりではヘッドランプを極力使って生活しています。

奇妙な人間だと自分でも思いますが、そんな生活が楽しくもあり体に優しい気がして好んでやっています。
また、
いつか森で静かにテントで暮らしたい夢も重なっているかもしれません。

家で寝袋で寝る/家でテントマットで寝る暮らし
家でヘッドランプで過ごす暮らし、と環境 〜山と旅に向けたその暮らし その2〜
家でエアコンを使わない暮らし、と環境 〜山と旅に向けたその暮らし その3〜

そんな暮らしをしていて気付いた「エネルギーの使い方」

ここで言うエネルギーは、
電気・ガス・ガソリン・灯油などの化石燃料から作られている日常にあるものたち。

これまでの生活において、
エネルギーの節約というものは漠然としてきたと思います。
お金がかかるからという理由を抜きにしても、いくらでも使って良いものという解釈がなかったためと思います。

そんな中、
今のような山と旅を目的とした暮らしから気付いたことがありました。
それは、
「必要以上にエネルギーを使っていた」
「必要以上に使わせていたエネルギーがあった」
「エネルギーを山や旅のように大切に使っていなかった」
そして
「そのエネルギーを作るための化石燃料は無限ではなかった」。

スイッチ一つで家の明かりがつく、コンロから火が出る、蛇口をひねれば綺麗な水が出る、ボタン一つでお湯が出る、リモコン一つでエアコンから涼しい風が出る・温かい空気が出る、冷蔵庫がいつも冷えている、テレビがつく、そして車が軽快に走る。
便利な世の中、何でも簡単に機能してくれます。

「当たり前に使えて、当たり前のように機能してくれていた。」

そのため何かが麻痺して非常に大切なことを忘れていたんだと思います。

「エネルギー。つまり電気、灯油、ガソリン、ガス等は無限ではない。

それらのエネルギーは、
「人間用に人間が作らなければならないものであり無限ではなく、そのために地球が作った化石燃料というエネルギーを使っている。そしてその地球の化石燃料というエネルギーも無限ではなかった。」
そして
「そんな地球のエネルギーも人間と同様に地球が作らないとなくなってしまうものだが、人間が使いすぎて今無くなろうとしている。」

地球のエネルギー(石油・天然ガス・石炭等)について言われているのは、
石油、天然ガスはこのままのペースで使い続けたらあと50年ほどでなくなるのだそうです。
それは想像以上に近い将来でした。
加えこれは2016年頃のデータのようなので、2020年時点で残りはもう「50年分はない」ことになります。

もしこの試算がネガティブな方向に間違っていたら、
またもしこのままのペースを超えた使い方を人間がし始めたらもっと早い将来になくなるということになります。
自分、または自分の子供や孫の時代にはエネルギーが枯渇してなくなった世界になる。

石油、天然ガスがなくなったら単純に見て、
・プラスチック製品はなくなる
・ストーブはつかない
・車は動かず、飛行機も飛べない
・コンロの火はつかない

これだけでも今の世の中はひっくり返ります。
すでに想像すらできません。

そしてさらに石炭もなくなれば電気も作れなくなる。

そうなれば望まずとも原子力発電に頼らざるを得なくなります。
ですが現実は、石炭よりウランの方が先になくなる試算のようです。

いずれにせよ
・明かりもつかなくなる
・エアコン、冷蔵庫などの電化製品も動かなくなる
・綺麗な水道水もなくなる

それを防ぐためには、
個人一人一人が、そして一企業一企業がエネルギーについて考えていくしかないと思っています。
だれかれではなく一人一人が。
全員が。
なくなる前に。
今のうちに。

そんなこと言われないでも根底では分かっていると思います。
それができてたら地球はとっくに平和だと思います。
豊かな日常によって「エネルギーについて考えること」を忘れてしまっている。
厳しい社会で生きていくために「エネルギーについて考えること」は後回しになっている。
理由はどうであれ、つまり分かっていても考えられない。

このまま考えずにいけばエネルギーは減り、エネルギーに関する不正や犯罪が増え始め、
ある程度底が見えてきた時には本当にもう争いしか残っていないと思います。
だから今のうちだと思っています。
エネルギーが不足し始め、枯渇が現実的になればなるほど略奪が多発して争いや戦争も激化し、暴力と権力だけの世界になる。

映画の見過ぎでしょうか。
ですが、
目に見えにくい漠然と迫る危機に対して行動を起こすためには、想像を膨らますしか方法がないような気がします。

エネルギーをこのまま好き放題に使い続けて化石燃料がなくなりかけたら人や環境に何が起こり始めるのか。
そして化石燃料が完全になくなったら人や環境に何が起こるのか。

想像を膨らませていきたい。

山や旅で過剰にヘッデンやバーナーを使えば、
電池や燃料はなくなりピンチに陥る

山や旅では電池や燃料のエネルギーを気にするのに、日常では電気やガスのエネルギーをそれほど気にしていなかった。
山や旅では電池や燃料が切れるととても困るからエネルギーを大切に使っていた。
日常でエネルギーがなくなればとても困るどころの話じゃないの大切に使っていなかった。
なぜならなくなるものだと思っていなかったから。

「日常使っているエネルギーや、地球のエネルギーの限度は捉えにくい。
だから現実味を感じにくく大切に使いにくい。」

山や旅での電池や燃料のように限度が分かり易ければ、多くの人がそのエネルギーを大切に使うと思います。
電池の限度はインジケーターがなくても何となく分かりますし、燃料はガスボンベを振れば何となく分かります。

日常と違い山や旅では、エネルギーは使い続けられるものではなく量が分かっていて、無くなっても簡単に手に入らないため、多くの人がヘッドランプの電池やバーナーの燃料などを大切に使っていると思います。
長い縦走や長期間の旅をする時は特にそうです。

明かりの電池が切れないように、ヘッデンは過剰には使わず電池の消耗を抑える、冷やさない、明るいうちに食事などの作業を済ませ日が沈んだら早めに寝る。
また、
火の燃料が無くならないように、風を避けたり、過剰な火力を使わないように炎をこまめに調整したり、沸かしてる鍋蓋の上に他に温めたいものを置いたり、手を温めたり濡れたものを乾かしたりして生み出される熱をフル活用して燃料を本当に大切に使っている。

しかしそれが日常ではできていなかった。

また水の使い方も同様に、
山や旅では水が何処にでもあるわけではなく、テントから10分行かなければ水場がなかったり、その時が雨であったり、また険しいところにあったりもします。また雪を溶かさなければならなかったり、買いに行かなければならなかったりと何かと手間がかかることもありとても大切に使います。

それが日常ではできていなかった。
山や旅から見えた日常との「差」でした。

電気もガスもガソリンも(綺麗な水道水も)全て作らなければなりません。
辿っていくと根本は全て「化石燃料の使用」につながりました。

エネルギーを過剰に使い、化石燃料を過剰に使えば枯渇に「より急いで」向かいます。
残りあと50年弱のところが、30年くらいになってしまうかもしれません(2020年現在)。
さらに忘れてはいけなかった事実が
「エネルギーの過剰使用によってエネルギーを過剰に生産しなければならず、それに比例して大気や海、そして山や森を過剰に汚している。」ということ。

スイッチ一つでつく明かり、コックを開ければつく炎、ノズルから出るガソリン、蛇口をひねれば出る綺麗な水など、普段の生活においてエネルギーは表面上いくらでも使えます。
つまり限りあるエネルギーを、つまりその根底の限りある化石燃料というものを無意識であったとしても「当たり前」のように使っていた、そしてそれを本当に大切には使っていなかった。

これはもう改めなければならないと大いに反省しています。

無駄に使っているエネルギーは1%はある、実は必要がなかったのに使っていた過剰なエネルギーは必ず1%はあると思っています。

実はそんなに明かりは必要がなく、実はそんなに夜遅くまで起きてる必要がなかった。
実はエアコンは使わなくても過ごせるし、実はそんなに水を使う必要もなかった。
実はそんなにアクセルを踏み込む必要もないし、実はそんなに車に乗る必要もなかった。
また
実はそんなに水気のあるゴミを捨てる必要もなかったし、実はそんなにボリュームを持たせたゴミを出す必要もなかった。

気付きから少し意識しただけでもこれだけの過剰に使用していた・使用させていたと思うエネルギー使用が自分にはありました。
それを今は意識して減らしています。

人にとって、個人にとってそれぞれ必要と思えるエネルギーは違うと思います。
なのでこの使用はダメだ、とかその使用は無駄だとかいうことではなく
自分が過剰使用だったと思うエネルギー、自分が過剰使用させていたと思うエネルギーの使用を1%でも減らしていけたら」と思います。

そのほんの少しかもしれなかった1%から派生して、今では3%、5%とどんどん減らせている気がしています。

豊かな日常で、その「0から1」へのきっかけを失っていた気がしています。
でも思い出すことができました。

国や企業レベルに対して気になること

個人単位でのエネルギーの使用量とは桁が違う国や大きな企業のエネルギーの使用に関して最近気になったものがいくつかあります。(2020年1月時点)

2020年1月
「ジェット機を飛ばして五輪マークを描く練習を開始した」というニュースがありました。

複雑な思いがありました。

それに合わせた新しい施設の大規模な工事などにも同様に。

今「大気汚染」「気候危機」「エネルギー枯渇」などという言葉がより世の中に出てきています。
しかし現実には、ほとんど危機感を表していない世の中であって、危機的な状況に陥っていることを全く感じさせない今の世の中だと思っています。
危機感を感じられなければ人はなかなか行動できず、私みたいに節約というレベル程度にしか行動を起こせない気がします。

仮に本音じゃなくても
「気候危機またはエネルギー枯渇防止のため、ジェット機による五輪マークを描くことを中止しました」位の危機に関するそんな姿勢を、誰にでも分かるように見せてほしい。

それによってそれに向けて頑張ってきた選手たちが「何だよトウキョウJAPAN。盛り下げてくれる。」とか思わないと思います。
世界が関わる大きなイベントでもあるので、その影響力を考えて日本の、そして世界の手本になるような行動を示してほしい。
本当に危機であるのであれば今すぐに。

また、
浅い知恵で表面しか見ていないのかもしれませんが、少子高齢化などと言われていて人口が減っているにもかかわらずそんなに大きいマンションをなぜいくつも建てるのか。
それも相変わらず都市部ばかりにと感じます。
これはエネルギーの過剰使用に加え、大気の過剰汚染につながるのはもちろん、問題とされている都市集中、地方の過疎化により近付くのではないでしょうか。

また、
2019年末頃にその存在を知った近所の「24時間フィットネス」というもの。

この場所で24時間も開いてどれだけ人が来るのか。
フィットネスは健康のためにあるのではないのか。
なぜそこまでするのか。

複雑な思いでした。

24時間営業をやっとやめ始めたこの現代。
ほとんどがそこの目的は、夜の集客が減ったことによる経営上(売り上げや人件費の削減)のためということなのだそうです。
しかしそれ以外にも
「24時間営業はエネルギーの過剰使用にもつながっているから」というフレーズを広報部は例えそう思っていなくても言ってほしいと思いました。
大きな企業であるのならばその影響力を考えて尚更に。
それによってイメージダウンすることは何もないと思います。

一般的な時間帯の仕事の従事者の健康診断が年に1回のところを、深夜業の従事者は「半年に1回」受けることを義務化されています。
それは「より手厚い健康管理が必要なため」とあり、私も深夜業の従事者だったのでその体への負担はわかっているつもりです。

つまり深夜帯での活動は健康的ではないということであるにも関わらず、健康を目的としたフィットネスが24時間営業をやっている、やり始めたというところが正直複雑です。

それを利用している方ももちろんいるとは思います。
ですが少ない需要だと思います。
そして、
そのような需要まで含めた全てに対応できるほど、またそのような漠然とした利便性に追求していけるほどもう今の地球にはエネルギーは残っていないのではないでしょうか。

特に都市部の夜型というものはエネルギーの過剰使用、また健康面やその他においても真剣に考える必要があると思っています。

そして、
戦争やそれに対する訓練などはまさに最悪なエネルギーの使い方だと思います。

なくなることを感じられなければ大切に使おうという意識は生まれにくく、
国や大きな企業がエネルギーをばんばん使っている世の中にいれば、危機感などそう簡単には芽生えてはこないと思います。

国や大きな組織・企業、そして東京などの大都市は特に慎重なエネルギーの使い方をしてもらいたいと心から思います。
特に先進国は国自体も、そこの企業も、そこに住む人々もより多くのことを考えなければいけないと思います。

2019年9月のニュースから引用します。

国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)は19日、地球温暖化が進むと、世界で関連災害が増え、2050年には人道支援が必要な人が倍増するとの報告書を発表した。一方で、直ちに対策を取れば現在の1割の数まで減らせるとしている。
(中略)
現在の段階から温室効果ガスを減らしたり、早めの人道支援活動をしたりすることで、要支援者は50年には現在の10分の1にあたる1千万人まで減らせるとしている。IFRCのフランチェスコ・ロッカ会長は「気候変動の影響は、世界で最も弱い人たちに向かう。直ちに行動すれば、将来激化する苦痛や膨らむ人道支援コストを避けることができる」と話した。

朝日新聞DIGITAL 引用

気候変動の影響は、世界で最も弱い人たちに向かう

心に刻むべき言葉でした。
それは先進国ではない国の方々であるかもしれないし、高齢者や子供、または病床に伏せている方々などであるかもしれません。
そして、
「直ちに」
「現在の段階から」
つまり「今すぐに」ということ。

自分がよければ良い、自分の会社がよければ良い、自分の国がよければ良いという部分をコントロールしていかなければ、もう取り返しのつかないことになると思っています。

企業では、エネルギーの枯渇を見込んだ経営を今から取っていかないと、枯渇が現実味を帯びてきた時に対応できなくなる可能性もあると思います。
このままエネルギーを過剰に使用し続けたら近い将来、
一人に対する、また一企業に対するエネルギーの使用限度が決められる時代が来るかもしれません。
エネルギー課税の上昇や収入との比例価格、また一定使用量を超えた使用分の料金上昇なども検討されてくるのではないでしょうか。

「エネルギーの枯渇はない、事実ではない」と仮定します。

しかしそれでもエネルギーの過剰使用は、過剰の環境汚染を生むため、いずれにせよ大変なことになると思います。
それは食糧難であったり、水不足であったり、異常気象、気候変化、大気汚染、水質汚染、紫外線過多などすでに多くの影響が現れています。

仮にエネルギーの枯渇は関係ないのだとしても
エネルギーを大切にしていかなければ結局は良くないことが多々起こるということだと思います。
だからなくなるなくならないかは議論するところではないと思います。

何をしてももう取り返しがつかなく、どうあがいても手遅れかもしれないと思うところは正直あります。
ですが、結果はどうあれ当たり前にあるかのような当たり前のエネルギーの使い方はこれからも気を付けていかなければならないと思っています。

山や旅、つまりアウトドアには日常当たり前にあるものがありません。

夏のアメリカを自転車でしばらく旅していて文明に戻れば、冷蔵庫はものすごく偉大だっだと分かりました。
また、テントでしばらく過ごして家に帰ると、壁と屋根はものすごく偉大だったと感じます。
また、山や旅で水とお湯の偉大さと美味さを痛感しました。

日常にある無数の「当たり前」をより大事にしていきたい。

「当たり前が当たり前でなくならないように」

そしてそれらの当たり前が「いつまでも当たり前にある」という考えを極力もたないようにしていきたい。

家族がいること、子供がいること、恋人がいること、友達がいること、お金があること、仕事があること、体が動くこと、健康であること、家があること、便利なモノがあること、外に出れること、眠れること、食べ物があること、ご飯が美味しいこと、無事に山や旅ができること
そして、
明かりがつくこと、火がつくこと、飲み水が出ること、エアコンが動くこと、インターネットが使えること、車が使えること、
つまり
エネルギーや化石燃料が「まだ」あること。

それらを失わないようにできることはいくらでもあると思うので、
1つでも多くの「当たり前」を大切にできる人間になれればそれは素晴らしいことだなと思います。
当たり前にあるものを失う痛みは、大なり小なり様々な種類でいくつも経験しているにも関わらず、平和にボケる自分に気を付けていきたい。

また、
これ以上の発展や便利はもういいと思っています。もう十分便利な世の中だと思っています。

そんなことを2000年頃にも言っていたことを思い出しました。
そんなことを思っていたにも関わらずその恩恵を受け続けてきたわけなのですが、便利や快適性をこれ以上求めるのはもう本当にまずい気がしています。
もうそこに時間を使っている時間はない気がします。
今は一旦でもストップするべきだと思っています。

山では迷った時に先へ進むと遭難するように、現代もここで勇気を持って戻るべきのような気がします。
もう崖っぷちまで来てしまったと思いますが、分かるところまで今すぐ戻らなければもう大変なことになるしかないような気がします。

基本なくして「これ以上の発展」も何もありませんが、
いまや目を向けるべきところはこれ以上の発展や便利ではなくて、
基本的なところや土台を早急に見直す必要があると思っています。

日本では、
少子高齢について、介護や福祉・教育等の人手不足について、第一次産業について、耕作放棄地について、空き家について、被災地復興について、悪質な犯罪・いじめ・虐待・暴力について、マナーや品性について、セクハラ・パワハラなどのハラスメントについて、SNSについて、インターネットについて、
そしてエネルギーについて。

パッと浮かぶだけでもこんなにもありました。
正直、問題がありすぎて目が眩みます。
ですが考えなければいけないと思います。どうすればいいのか。
そして、
それは「誰かが考える」ではなくて日本人全員が考えたい。
遅かれ早かれ一人一人に必ず降りかかってくることだと思うので。

やるべき時にやらずに後回し、後回しにしてきたツケなのでしょうか。
動きが遅くなればなるほど修正は難しくなります。
だから「もう全てにおいて遅すぎた。だからもう修正はできない」
とも思うのですが諦めたくはありません。

もう自分勝手な部分だけではさらに良くないことが多々起きるような気がします。

山や旅から色々なものが見えました。

石炭や天然ガス、そして石油などの化石燃料を使って作られる電気やガスやガソリンなどのエネルギー、そしてペットボトルなどのプラスチック製品、
またそんな電気エネルギーを使って作られる綺麗な水道水などの、化石燃料との繋がりをイメージしにくいものまで考えられるように少しはなりました。

そこから過剰なエネルギーは使わないように、
また
自分がしたことによって過剰なエネルギーを使わせないように取り組んでいます。

キッチンにバケツを置いて活用すると、思った以上に再利用できる水があったことに気付けました。
「わざわざ綺麗な水を使う必要がない」と気になっていた場面でとても活躍してくれて嬉しいところです。

この生ゴミの水気を皆んながより絞れば、100必要だった火力も50で済むかもしれない。
このゴミのボリュームを皆んながより抑えれば、10台必要だった集取車も9台で済むかもしれない。
色々膨らませると楽しく、今は以前より遥かに多くの水気を絞って、そしてかさばるようなゴミは刻んで小さくしています。
なのでうちのゴミ捨て場では一番ゴミ袋が小さい気がします。
家族構成も様々あるので何の比較にもなりませんが、ちょっとした勝負どころとして日々楽しんでいます。

また、
思いやりを大事にしていきたい。

タバコをポイ捨てする、車の運転が荒い、ペットのフンを処理しない、ゴミをそこらに捨てる、不法投棄をする、いつまでもアイドリングして車の中にいる、食品をやたら奥から取る、集合住宅のルールを守らない、人が来ても買い物カゴを動かさない、狭いところで後ろを人が通るのに一歩前に動かない、横断歩道で止まれない、当たり前のような一時停止無視、やたらと飛ばす、凄まじい排気音、攻撃的かつ執拗なクラクション、同様のあおり、自由すぎる高級車、弱者を虐げる、少年クラブでの大人の怒号、snsでの酷い言葉使い、酷い行為、無数のハラスメント、インターネットの悪用、災害に便乗した悪事、次から次へと生まれる新しい犯罪、戦争で莫大なエネルギーを使って環境と、同じ人間を破壊している。

残念ながらこれらに思いやりを感じることが私にはできません。

山に捨てられているティッシュ、ペットボトル、瓶缶、そして粗大ゴミなどを見るたびに複雑な想いに駆られます。
物にも山にも、そしてそれを目の当たりにする人の気持ちにも思いやりがない気がして仕方がありません。
またキャンプ場では
タバコが地面に捨ててある、飲み残しの飲料が入ったまま捨ててある、まるで分別せず捨ててある、いらないものを捨てていく、ボリュームも考えずに捨てていく、余った未開封の食品を捨てていくなどの行為も、
キャンプ場の管理者の人たちに対し、キャンプ場の他の利用者の人たちに対し、ゴミたちに対し、食べ物に対し、キャンプ場の自然に対し、そして全てをひっくるめた環境に対しても思いやりがない気がして仕方がありません。

キャンプ場のゴミ問題は、
引き取らず持ち帰りにすれば、道中そこいらに捨てられる、他のゴミ捨て場に捨てられるといった思った以上に複雑な問題なのだそうです。

これをしたら「他(た)」はどう思うのか、どう感じるのか。
喜んでくれるのか、不快に思うのか。
つまりそれは、
これをしたら「人」はどう思うのか。
これをしたら「子供」はどう感じるのか。
これをしたら「物」はどう思うのか。
これをしたら「自然」はどう感じるのか
これをしたら「地球」は喜んでくれるのか、不快に思うのか。

常に考えて行動していきたい。
多くの時間を過ごしている大人であれば特に、責任を持って。

「他(た)」への思いやりを大事にしていきたい。

ここでいう「他(た)」とは、自分以外の全てもの。
それは他人、つまり人間だけではなく動物植物などの生き物であったり、物であったり、食べ物であったり、エネルギーであったり、山や海などの場所や空間、そして空気や地球など全てという意味合いを込めています。

全てのものに「感情がある」として接するのが一番良いと思っています。

声を出せないものに対しては特に気を配っていかなければならないと思っています。

こんな事を色々書きながら今振り返れば深く考えずに、気付かずに環境や人が不快に思うようなことも私はたくさんしていたと思います。
いまだ気付いていないこともあるとは思いますが、気付こうという意識を持って日々生きているつもりです。そして気付いた時には反省し、その行動を改めているつもりです。

歳を重ねるにつれて悪いことだけを新しく覚え、ただ横柄で品もなく自分が何でも正しいと思う自分勝手な大人にはならないように気を付けたい。
学ぶ心や反省する心がずっとあればそうはならずに歳を重ねることができると思っています。
そして人間、そうでなければいけないと思っています。
そのような心があれば、また「他(た)」を思いやるその心を思い出せば、
思いやりを感じないような様々な行為を一つでも減らすことができるかもしれません。
そして、
今言われているような様々な大きな危機をまだ防ぐことができるかもしれません。

自分が通る目の前にいたスズメが飛び立っていって「ごめんね」「ありがとう」と思える人間が増えることを切に願っています。
そして、
そんな人間たちと緑で地球がいっぱいになることを心より願っています。


あとがき

山や旅が好きな者の一人としてエネルギーや環境について真剣に考えなければならないと思い、一年ほど前からメモを取り続けてきました。
馬鹿丸出しな見解をしているところも多々あるかとは思いますが、それをようやく記事にしたというところです。
何が言いたいのかもよく分からず、おそらく同じようなことが長々と書いてあるかと思います。

何か解決になるようなことを見出したかったのですがたどり着くことはできず、エネルギーの使い方を意識するということとメモを取り続けるということから前には進めていませんでした。
しかし遅くなればなるほど取り返しがつかなくなるという焦りは否定できず、とりあえず文章にするという形で動いてみました。
これをきっかけに何か進めればいいなと思います。
これからも山や旅が好きな者の一人として、また地球にいる者の一人としてエネルギーと環境について真剣に考えていこうと思います。

「とんでもない世界で生きていきたくない」

ただそれだけだと思います。

またこんな日があればいいなと思います。

山と旅から見えたエネルギーとスズメ 画像

「地球の休日」

その日は、
世界中の人、世界中の企業が意識して、
ガソリンは使わない
電気は使わない
石油は使わない
ガスは使わない

としたらどんなことが生まれるのでしょうか。

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極端な言い方でしたが、
その日は世界中で照度を1%落とす
その日は終電1時間後に街灯を消す、または50%消す
その日は日没とともに世界中の人間が休む(太陽とともに活動する)
その日は健康な人はエアコンは使わない
その日は車は使わない

などしたらどれだけ何かが変わるのかとても知ってみたい。

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ワクワクしませんか。

いきなり世界中が無理なら、日本からでも。

そんな「地球の休日」があってもいいと思う。
月に1回でも、年に1回でも。
人間に休日があるように。

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私がお世話になっているキャンプ場のオーナー様は、時に休日を設けてそのキャンプ場に使っている森を「休ませる」と言っていました。
商売っ気がないでしょ、と笑って言っていたのですがひどく共感した覚えがあります。

アウトドアをする者、それに関わる者として自然やエネルギーに対する思いやりは率先して持っていきたい。
なぜなら自然に触れる環境にいるのだから。
お金を払えばいくらでもエネルギーを使っていいわけでもなく、いくらでも好き勝手にしていいわけではないと思っています。
山や旅が好きな、つまりアウトドアに関わる人間の一人として、つまり自然により近い環境にいる存在の一人として多くのことに気付いていきたい。

そして、
その気付きから常に学んで改めていきたい。

山や地球に見限られないように。

山と旅から見えたエネルギーとスズメ 画像

そして
山や旅をいつまでも思い切り楽しめるように。



2020年2月8日 追記

エネルギーや環境等に関しては、メインサイトの chicken-explorer.com で取り扱っていこうと思います

よろしくお願いいたします

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