家でエアコンを使わない暮らし、と環境 〜山と旅に向けたその暮らし その3〜

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家で、そして車でもエアコンを使わない暮らしをしています。

ちなみに居住圏は、避暑地や南国北国でもなく標高は10mくらいのただの都市部です。
山や旅では私の場合、テントや車中泊がベースなのでそこに合わせてクーラーや暖房といったものを使わないようにしています
(山や旅に出向いているより明らかに街場にいることの方が多いのですが)

家でエアコンを使わない暮らし 経緯

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「テントにエアコンはない。」

山や旅では暑くても寒くてもなんとかするしかないので、何とかできるように日常からそういったものに関わらないようにしています。
家にエアコンはあるのですが使っていません
また、
車にもエアコンはあるのですが同様の理由で使わないようにしています

山や旅の自分のスタイルに合わせているという目的なのですが、
小さい頃クーラーは体に悪いと言われていた気がするので、元々クーラーを使う習慣が生まれませんでした。
また、
一度使ってしまったらもう使わないと生きていけなくなりそうな自分の弱さも相まってもうずっと使っていません。

「便利なもの」「快適なもの」をたくさん使っていると、山や旅以外でも災害やトラブル時に対応できなくなりそうな自分がいるという理由もあります。
電気代というお金の面も過去には少しはあったかもしれません。
いずれ山や森でテントで暮らしたいということもあります。

いろいろなことが根本にはありますが、
一番は山や旅の生活に近い環境にして、そっちをより楽しめるようにしたいといったところです。

そんな暮らしをしてどうなった

エアコンを使わない暮らしをしてきて自然の暑さ、自然の寒さに強い方の人間になっていると思います。

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正直寒さに関しては相変わらず貧弱だと思うのですが、暑さに関しては強い方だと思います。
そんな暮らしなので自ずと「何とかできる」「何とかしのげる」術(すべ)が身に付いたのだと思います。

山や旅の時と同じようにやっている事は単に、

暑ければ日を避けるとか、打ち水をするとか、風を流す、長袖を着るとか。
寒ければ着込むとか膝掛けをするとか首を温めるとか体を動かすとか。
簡単なことばかりですが、そんなことを人より多くやっているんだと思います。

暑ければクーラーを使う、寒ければ暖房を使うという選択肢がもう頭にないんだと思います。

そんな感じで日常とのギャップが小さいので山や旅での不便をほとんど感じずに、
おかげで山や旅をより楽しめています。

思わぬ事

しかし思わぬ弊害がありました。

時代に逆行してると言うのでしょうか。

エアコンの使用が推奨される、当たり前になってしまった今の世の中では、
エアコンが利いている場所に止むを得ず居た場合、自分の体に頭痛等何かしらの不具合が出てきてしまい困ることがあります。

上であえて「自然の暑さ・寒さ」と記載したのですが、
もうここまで来ると人工的にコントロールされた空気には馴染めないところがあります。
外は灼熱の夏なのに建物内は寒過ぎる、外は冷たい空気の冬なのに建物内は暑過ぎる。
体と頭がついていけてません。

エアコンを使わない生活
冬場は厚着や運動等でそう困ることなく何とかなっています。
血液の循環を意識したり、また脂肪を燃やすイメージで動けば肥満を防げる気もします。

基本的に外気がないと落ち着かないので真冬でも窓は開けて過ごしています。
ノイズや副流煙が入ってこなければ基本的にずっと開けています。

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寒さに慣れる方が、どちらかと言うと山向きだと思います。
高山は気温が低いですし、汗をかけば、そして風が吹けばさらに寒いですし。

また、エアコンから少し話しがずれますが
冷たさにも慣れるために、真冬だろうとお湯は使わず洗い物は必ず素手で冷水で洗うといった水仕事ルールもあります。
山や旅ではお湯が簡単に手に入らないのでそうしています。
お湯が欲しければコンロで沸かすなどして給湯器はお風呂以外では使わないようにしています。

問題は夏です。
外であればそう困らないのですが、家での夏は年々耐えられず正直辛いです。
汗疹にとても苦しめられるし、窓を開けてればこれまた副流煙が入ってきて肺が苦しくなるし本当に辛い。
夏の車の雨天時も窓が大きく開けられず車内が曇りがちになるのも厄介ですが、安全上問題がなければエアコンは使いません。

なかなかに世知辛いのですが、色々気付くことも出てきてエアコン(クーラーや暖房)は使わずにこれからも暮らしていこうと思います。

そんな暮らしからの気付き

そんな暮らしから気付いたことがありました。

それは「エネルギーの使い方について」。

ここでいうエネルギーとは「電気やガス、ガソリンや灯油など」のことになります。

こんな暮らしをしているからだとは思うのですが、
夏でも冬でも、
春でも秋でも、
朝でも夜でも、
家でも施設でも車でも、
つまりいつでもどこでもエアコンが使われている光景に思うところがあります。

クーラーに関して言えば、
風があって体感は涼しいのに、
今日は気温が下がって涼しいのに、
日が沈んで涼しくなったのに
まだ夏じゃないのに。

自然的な要因とでも言うのでしょうか。
そのような要因を感じる感覚が失われていっている、
また、
もうそのような要因を感じようとする意識がなくなってしまっている感じがしています。

そこまで寒くしなくても、
そこまで暑くしなくても。
さらにはそんな半屋外・半屋内のような開放的なところで使わなくても。

そのような「エアコンの使われ方」がとても気になっています。
それによってエネルギーを「過剰に」使用してしまっているように感じています。

エアコンを使われている方が何かを患っていたり、体調が優れなかったり、ご高齢の方であったり、妊婦さん、または赤ちゃんなどかもしれません。
そういう方々がエアコンを使うことはもちろん必要だと思います。
個人が必要と思う分は使うべきだと全然思います。
もちろんそういった施設でも。
車で窓を開けていれば危ない、排ガス臭い、タバコ臭い等から窓を開けられないということもあると思います。

「エアコンを使うこと」を問題視しているわけではなくて
エアコンのその過剰な使われ方」がとても気になっています。

エアコンを過剰に使うこと
それは
電気を過剰に使うということであって、
その過剰に使った電気を補うために、化石燃料を過剰に使っている事実がある。
そしてそれは
大気を過剰に汚染しているということでもあり、
このままエネルギーを過剰に使用していけば化石燃料がなくなりエネルギーはなくなる。

それが近い将来だったということを忘れていました。

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「エネルギーがなくなって欲しくない」
心底そう思います。

繰り返しますが
「エネルギーを使うことをやめよう」とか、「エアコンを使うことをやめよう」とかそういうことを人に言いたいわけではありません。
人それぞれのやり方、人それぞれの必要性に思うところでいいと思います。

私の場合は、
「過剰に使いすぎていたなと思うエネルギー」
また
「過剰に使わせすぎていたなと思うエネルギー」をまず自分自身が考える必要があると思いました。

その結果、
過剰と思う分のエネルギーはやはりありました。

エアコンは使っていないのでその点ではなかったのですが、
「直接的なこと」でいえば、必要のない明かりを使っていた。
また
「間接的なこと」でいえば、生ゴミを捨てるときの水切りが足りなかった など。
私にはたくさんありました。

自分が必要と思うエネルギーをほんのわずか、つまり「1」でも超えてたらそれは過剰分として抑えるようにしています。
ヘッドランプで過ごす暮らしで気付かされたことでした。
「明かりを使わないことから」ではなくて、「明かりを小さいものにしたら自分の必要レベルに気付けた」という感じです。

過剰分、それは実は使う必要がなかったともとれる勿体ないエネルギーでした。
それは個人にも企業にも市町村にも国にも誰にでもあると思っています。

私は車に乗るし、飛行機にも乗ります。日没後の道を歩く時は必ずライトを光らせて、安全面もありますがメインはウンコを踏まないようにしています。
人にとっては無用だと思うそんなエネルギーもたくさん使っていると思います。
でも人にとっては必要なエネルギーかもしれません。

自分が必要だと思うエネルギーは使っていきたいので、余計だったと思うエネルギーの使用は抑えていきます。

エネルギーを大切にするため極端に何かの使用をやめるという方法もありますが、
「過剰使用をせずに使う」というスタンスを取っていきたいと思います。

「使う」ことが前提です。

言い足せば、

必要な分は使う・使いたい」ということが前提です。

また、
「過剰使用させない」スタンスも忘れないようにしていきたい。
山小屋でストーブが焚かれていたら扉の開閉に気をつける
荷物を再配達させないようにする
ゴミのボリュームを減らす、水気を切る

見えにくい部分かもしれませんが、想像を膨らませて考えていくと色々と発見できました。
当たり前のことばかりかも知れませんが、できていない部分、足りない部分も正直ありました。

寝袋で寝る暮らしも、ヘッドランプで過ごす暮らしでも同じですが、
「当たり前」だった暮らし方に少し変化を加えたことで気付くことがたくさんありました。

エネルギーも実はそんなに使わなくても快適に生きていけることに気付けましたし、山や旅ではもちろん、ちょっとした被災時でも大いに役に立っています。

エネルギーはなくてはならないもので、そのエネルギーがなくなれば今の世は地獄のようになると思います。

なくてはならない・必要のあるエネルギーは気持ちよく使いたいので、
大して必要なく使っていたと思うエネルギーを見つけ出して、カットしていこうと思います。

エネルギー(電気・ガス・ガソリン・灯油など)の過剰使用は、
化石燃料(石炭・石油・天然ガスなど)の枯渇への近道となっているだけではなく、大気などへの環境の過剰汚染を同時に引き起こしていることも忘れないようにしていきたい。

綺麗な景色を自分のその手で壊してしまわないように。

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あとがき

「自然的な要因を感じる感覚が失われていっている気がしている。」
ということを先に述べましたが、
こんな暮らしをしていると自然的な要因をとても敏感に感じる気がします。

それは
風であり、気温であり、湿度であり、天気であり、季節であり。
また、
紫外線の量であったり、月の明るさであったり、日の長さであったり、獣や草木の匂いであったり、水の温度であったり。

エアコンの過剰な使われ方が一般的な世の中になってしまって、外の自然的な要因を感じる感覚が失われていっている。
そしてそれによって
「他(た)」への思いやりも同時に失われていっている気がしています。

ここでいう「他(た)」とは、自分以外の全てもの。
それは他人、つまり人間だけではなく動物植物などの生き物であったり、物であったり、食べ物であったり、エネルギーであったり、山や海などの場所や空間、そして空気や地球など全てという意味合いを込めています。

物や山、そしてエネルギーなどに思いやりがあれば山にペットボトルを放置することはできません。
また、
空気やエネルギー、そして環境などに思いやりがあればエアコンを過剰に使うことは気になると思います。

口がきけない、感情を表せないものたちに対しては、より一層の配慮が必要だと思っています。

何事にも思いやりをもって生きてきたい。

それによって
これ以上の暑い夏、不自然な暖冬、異常な気候による食糧難や水不足、天災、人や動物の怒り、争い、暴力、虐待、いじめ、犯罪、不正、そして様々なハラスメントなどが少しでも減ってくれることを心より願っています。

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